社員ブログ

2024.02.07 会社の紹介

「年頭所感」 伊藤義仁

皆様、明けましておめでとうございます。
今年は年初から「災害と事故」で荒寥の様相で新年を迎えました。被災した方々には心よりお見舞いを申し上げます。
今冬は暖冬との長期予報が出ていたので、被災された地域に雪が少ないのを願います。
年々歳々花相似たり(ねんねんさいさいはなあいにたり)という言葉を年初に毎回思い出します。
意味:毎年毎年、花は変わることなく咲き人の世の変わりやすいのに比べ自然は変わらないことのたとえ。
なんですが、人が変わっていくことの自覚を自分自身でしっかりと理解するのは、そこそこ難しいのではないかと思っています
それは実年齢と精神年齢(はたまた脳年齢や肉体年齢)のギャップや人それぞれの時間のズレがあることにより、いつの間にか
こんな年齢になってしまったみたいに「まだ若い!」と感じているのではないかと思います。
私自身も実年齢は数えで60歳になろうとしていますが、果たして自分自身が想像していた60歳なのかを考えてみたい年にしたいと思います。
例えば、孔子曰く「六十にして耳順う」と説いています。60歳になったら、世間の噂に惑わされることなく、
何事にも素直に耳を傾けて真実を理解することができるようにしなさいという。そこから60歳のことを「耳順(じじゅん)」と言うそうです。
たぶん、60歳までは頑固者であったとか誰の話も聞かなかったと言うことではなく、
そうであった人もなかった人も60歳からも耳順でありなさいという戒めではないかと思います。
もちろん、そんな悟りの境地に達せられるのは先達だからであり世間一般の60歳は、「六十にして耳逆らう」「耳逆(じぎゃく)」と
表現され「頑固じじい!」と相変わらず揶揄されるのではないだろうか。
私は好々爺になりたいので気をつけます。
本年もよろしくお願いします。