うらうらに照れる春日にひばり上がり
家持の歌は現代的だよねぇ……とこの季節になるとしみじみと思います。水谷です。
三月、弥生ですね。卒業の季節であり、同時に卒業・入試の季節でもあります。
社内でも「子供の卒業式が……」とか「進路が……」とか、そんな話題を耳にするようになりました。
例年、この時期になるとよく耳にする「受験」という単語に触れるたび、四半世紀ほど前の自分のことを思い出します。なんというか、アンニュイというか、少しメランコリックな気分になるのです。
作家の沢木耕太郎がーーたしか『チェーン・スモーキング』だったと思いますがーーこんな場面を描いています。
合格発表を見に来て、自分の番号がないことを知った少女が、母親に電話をかける。その様を見て、沢木は「その表情は、平凡な少女を素晴らしく魅力的にしていた」と述懐するのです。
深い絶望というものは、ひょっとすると人を美しく見せるのかもしれません。
翻って自分のことを思い返してみると、記憶に残っているのは、「あの時の空、やけに蒼かったなぁ」という、そんなことばかりです。馬鹿にしてんのか、というくらいに。
その頃の自分が美しかったかどうかはともかくとして。
あれから、気がつけば二十数年が経とうとしています。
十八歳の自分は、まさか地元に戻って、こんな仕事(あの頃はLinuxなんて存在自体知りませんでしたね……)をしているとは想像だにしていませんでした。おっかしいなぁ……もっとこう、東京とか大都会で華々しく………
当時の自分に、少し叱られそうな気持ちもしなくはないですね。とはいえおじさんも頑張っておるのだよ。
人生というのは、本当にわからないものですね。
今年、受験や卒業を迎える方々にとっても、それぞれの記憶に残る「何か」がある季節になるとよいですね。
サクラが咲くかどうかというのはまあ、それ自体はそれほど大事なことではないのかもしれません。
おそらく、きっと。
それでは、よい春を。





